「東郷さくらとミュージシャンたち」アルバム「スエヒロガリ」レコ発ライブへ行ってきた

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行ってきました鹿児島キャパルボホール
たぶん、スチャダラパーTOKYO No.1 SOUL SETの対バンかYUKIのPRISMICツアー以来ってくらい久しぶりのキャパルボ。

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(ライムス先生は前日のクレイジーケンバンドライブ@鹿児島市民文化ホールにサプライズで登場なさったとか←行った人からの伝聞情報。肉体関係おーいえー)

私(宮崎在住)そもそも東郷さくらさんのこともつい最近知ったくらいな、にわかファン。

YouTubeで「いつか忘れてしまっても」拝聴し、感動のあまり鹿児島へ行った時にフランセさんへ行きパンとCDスエヒロガリとライブチケット購入)

ちなみに、そのときの写真がこちら
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(この写真シリーズ仲間入りできたのうれしかったねえ)

そのとき撮らせていただいた写真はこちら
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(さくらさんもお母様も気さくで素敵な方々で、お二人の温かい関係性に癒されたのを覚えてます)

なので、先に謝罪から入りますが、「ミュージシャンたち」や「8人のフォトグラファーたち」のみなさん関してはほとんど無知な状態で、あの場に居りました。すんません。

ほいで、

率直な感想といたしましては、なんかどえらいもん観たというか、あれはライブというかもはやフェスティバルですね...(最後にご本人は「これはもう、あれだね、東郷さくら祭りだ〜!」とおっしゃってましたが、音楽あり、写真あり、食べ物あり、の、すさまじく豪華かつあたたかい”MADE IN KAGOSHIMA”フェス)。

「東郷さくら」というメディアを通して、鹿児島の音楽シーンやアートシーンの元気さと上質さを見せつけられた気がしました。お客さんをみていても、そう思いました。とにかくすごい時空間に居合わせてしまった気がして、一緒に歌って手拍子して笑って泣いて、結果めちゃくちゃ楽しかったです。

なにがそんなに楽しかったのか、無知なりに振り返ってみます。

今日は実家がある鹿屋経由ではなく、宮崎から直接鹿児島市へ。土壇場で行けなくなりそうになりながらも、開演15分になんとか滑り込み。

会場入口ではエスニック料理やスローフードのお弁当が販売され、「東郷さくらとフォトグラファーたち」の作品8点が某タワーレコードのNO MUSIC, NO LINEワークス、もしくは映画館のように飾られ、
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(すべてを撮ることは不可能でしたけども)
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(8点8様でジーッと観入ってしまいましたが、なんとなく、私はこれ↑がいちばん好きでした。さくらさんは気遣いやサービス精神旺盛で明るく振舞うシャイな方って印象を私は抱いているけれど、一方で、脳みそはきっともっと二枚目な気もする〜とも勝手に思っていて、そんな感じが表現されてると直観したから!かな。偉そうにすんません)

さらには、写真家コセリエさんによる「ITO PROJECT」も何やら楽しそう!(休憩時間にちゃっかり参加。コセリエさんもまた素敵なアーティストだった〜。郵送届くのたのしみ〜!)

さくらさんのインスタグラムやFB告知にて、情報としては知っていたはずなのに、実際現場へ来てみて体感する情報量やエネルギーはやっぱり格別で。こりゃフェスだな、やっぱりもっと早く来てここでごはん食べたかったな、などと思いながら、いざ会場へ。

すぐ目に入ったのは、会場後方に設けられた来賓席?に座っていらっしゃる、さくらさんのお母様でした。ご挨拶しようか迷い様子をうかがってみましたが、お母様、もうすっっっごく緊張していらっしゃるご様子。さくらさんご本人も「緊張で胃が痛い。吐きそう」などとおっしゃっていましたが、お母様も固まっていらっしゃいました。失礼を承知で申し上げると、幼い我が子の初めての発表会を見守る母のようであり、心配に震えるようなお母様ご自身が少女のように可愛らしくもあり、私はこの時のお母様を思い出すだけで今でも目頭が熱くなります。

おかーさーん(;_;)
(柔和な表情を取り戻していらしたようにお見受けした休憩時間に、ご挨拶させていただきました)

ステージ付近の椅子の席に空いてるとこがあったので、腰痛持ちはそちらへ座らせていただくことに。

肝心なライブ。まずはさくらさんソロで鹿児島のバンドのカバー曲からスタート。(「Anderson」/テスラは泣かない。、「マーブル」/ボヤケルズ、など←すみません...どなかた...セトリ...もしくは公式ライブレポート等の情報...よろしければください...みたいっす)

それからは「ミュージシャン達」のみなさんとともに、いろんな組み合わせのバンド形式で「スエヒロガリ」楽曲を中心に、「ライターがない」「No Film」、鹿児島国際エアラインの曲などを披露なさるわけですが、

さくらさんはもちろんですが、出てくるミュージシャン達もみなさんいちいちかっこよかった〜〜!!

ドラム女性お二方ともめちゃくちゃかっこいい(なんであんなスレンダーなのにあんなパワフルでパンチの効いたたいこ叩けるんでしょうか)
あ、ソドップ?のセイナさん?のお母様とサトコママさんも最高でしたねー

余談ですが、休憩時間の最後らへんに、パッと振り返ったセイナママが「よかったら食べて」とせんべいかなにかくださるようなノリで「気が向いたら来て」とお渡しくださった、このフライヤー
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これを受け取った状況と、そのあと聴いたセイナさんのドラム&打楽器が衝撃的すぎて、ちょっと、セイナ母娘にさらわれそうになった瞬間が本日の裏ハイライト。

あと、湘南から移住してきたというジャンベの方が、ステージ裏ではなく会場から直接ステージへ上がっていかれるのもおもしろかった〜(彼めちゃくちゃ”陽”なグルーヴでしたねー)

「雨殻」のPVを手掛けられたクラウドの方がステージに呼ばれたのもおもしろかったし、

カットインでおなじみMC福元ゆみさんのピンクのワンピースかわいかったし、「認知症ソング」(ちがう)の逸話もきけたし、

もちろん聴かせる歌&演奏あって、笑えるMCコーナーあって、両方活きるんだろうし。

「いつか忘れてしまっても」と「真ん中」の姉妹曲はやっぱり泣いたし、

「雨殻」の大人な感じも最高にムーディーだったし、
(島津楽器のひろこさん?のピアノもすてきだった〜)

「Happy Birthday」のハープも生で聴くとさらに震えた〜!
(スナックエリーいきました\(^o^)/)

出ていらっしゃるミュージシャンの方がみんな楽しそうで、中心にいるさくらさんに気持ちを寄り添わせて、それが客席含めて大きな一帯感を生み出しているのが素人目にもわかる、思いやりに満ちたすばらしいライブだった。

東郷さくらの生歌、はじめて聴きましたが、やっぱりめちゃくちゃうまいし、なにより気持ち入ってるのがビシバシ伝わって何度も鳥肌立ちました。実際ちょっと会場寒かったし(おい)

YouTubeやCD視聴時に「情熱や熱量をちゃんと伝える手段としての技術」という言葉を思い出した、と書きましたが、それは「東郷さくらとミュージシャンたち」を生で観ても思いました。私、テクニックだけのやっつけ演奏や自己満足のオナニープレイを見抜く力はちょっとあると自負していますが、このライブに関しては、ステージ上の方も客席も(きっと舞台袖裏や二階の方々もきっとみんな)気持ち超入ってたと感じたし、こんなこというのは野暮かもしれんが、なにかこう、得体の知れない「大きな愛」や「夢の力」でしょうか、そんなあたたかいなにかがそこにはあった。

最後、さくらさん、「これはもう、東郷さくら祭りだー!」ってシャウト?してステージからダイブしましたからね。まじ、ひったまがったけど、あれ最高でしたね。

出演ミュージシャン総出の最終曲のあと(フィナーレでは個人的にはもうちょっとしたトランス状態だった。キャンプファイヤーみたいな感覚)、アンコールの曲をさくらさんお一人と客席みんなで歌い、

最後の最後に、このライブに携わられた方々への感謝を涙をこらえながら述べるさくらさん。そして、ご両親へ「感謝の気持ち」と花束贈呈!これ本日いちばんのハイライト!

うー、結婚式みたいー泣けるよー(;_;)
おとーさーん(;_;)おかーさーん(;_;)

そして、おもむろに照明が変わり、正面スクリーンで「真ん中」楽曲バックに、今日の演者たちの映像やITO PROJECTに参加した来場者の写真などが流れはじめる!!

これ超サプライズプレゼントでしょ〜参加型アートでしょ〜
みなさんの表情やITO PROJECTの写真がどれも本当に素敵で、「真ん中」の歌詞にぴったりはまって、またこれ泣くやーつ!泣くやーつ!

てなわけで、数時間でしたが、一日中フェスで遊んで最後は結婚式に出席したくらい感動して、エンターテイナー東郷さくらと素晴らしい仲間たちに超楽しませていただきました。はなまる!

「したいこと、しよう!」

あと、家族写真、撮ろう。


夜の街に繰り出せばライムスター先生にばったり会えるかもー?という淡い期待は忘れ、会場でタイ飯買い、ぴゅーっと宮崎まで戻ったのでした。おしまい