過度と不足のあいだ

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小津安二郎の映画に出てきそうな、楷書の似合う孤高の酒場だ。繁華街ニシタチ(西橘通り)の路地裏に、文字通りひっそり佇む「酒と肴の店」の暖簾をくぐると、6席のカウンター。屋号入りのお猪口。黒板にはその日の一品料理が達筆に書かれ、その横に「今週の酒」紹介が毛筆で並ぶ。年齢をうかがって驚きの髪艶を保つ女将が、着物に割烹着姿で迎えてくれる。無駄なものや浮ついたものが削ぎ落とされ、必要なものと店主が本当に大切にしているのであろうものだけで構成される空間と、余白。

 

店の主役である日本酒は、女将が厳選する「今週の酒」を中心に数種。肴は、刺身、煮物、焼魚など、その日の仕入れで入れ替わる。牛タン醤油漬けや鰹の腹皮がある日は私はラッキー。あくまでも脇役に徹する薄味の一品と、主役の地酒。奇をてらわない真っ向勝負の潔さ。丁寧につくられた具だくさんの卯の花が、こんなに美味しいご馳走だったなんて知らなかった。日本酒は好きだけど明確な選定基準を持っていなかった私は、これからは多喜で「今週の酒」を呑むと決めた。宮崎の地酒もここで呑む。抑圧の効いた語りべがいる酒場は楽しい。映画「人生フルーツ」で主人公のおばあちゃんが魚屋で買い物しながら「信頼する店員さんの仕入れを信頼する」と言っていた場面を思い出す。

 

大人の男性が、ひとりでふらりと羽根を休めにくる。ただ目の前の酒を呑み、たまに女将と言葉を交わす。そういう時間。そういう場所。「おじさん達は、こうして多喜さんに話を聞いて欲しくて、通うわけよ」と、常連らしき方が教えてくれた。もちろん店が客を限定しているわけではなく、誰でも変な酔い方をすれば女将にたしなめられる。一方で、私のような新参者にも等しく間口は開かれている。ルールではなく、それぞれの粋さや美意識みたいなものが酒場の秩序をつくるのかもしれない。出しゃばらずして全てを司る女将のバランス感覚たるや。ふと壁に掛けられた年季の入った手拭いに気づく。客からのお遍路土産で、その文章を気に入りずっと飾っているらしい。女将はいつもカウンターからこの言葉を目にしていたのか。

 

ある日客が差し入れた花を活ける店主を眺めながら感じたのが、まさに小津映画の世界観だった。すぐに女将に伝えると「さすがに古いわよ」と笑われたが、女将には女優より役者という呼称の方がしっくりくるかなあと黙って妄想を続けていたら、「お花かわいい!」と役者は今度は少女のように目を輝かせ、ぱあっと微笑んでいた。白黒映画から一気に現代に引き戻される。ここに通う殿方の気持ちがわかる〜と思った。もう一杯呑んでから帰ることにした。

 

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多喜
宮崎市橘通西3-5-9
0985-28-9150
17:00〜22:00
日曜定休